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池澤夏樹の文学全集で俳句を学ぶ!前編

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目下刊行中の池澤夏樹=個人編集の日本文学全集、全巻揃えるというのはちと財布に厳しいところもありますが、この夏の発売以来ずっと手に入れたかった一冊がありました。

 

俳句の最新アンソロジー!

それは松尾芭蕉与謝蕪村小林一茶、及びとくとく歌仙と題された連句を収録したこちらです!

 

 

詩はアンソロジー(名作集)から読むというポリシーの私にとって、この三巨匠の作品を現代トップクラスの文学者のガイドとともに読めることは願っても無い機会でした。

 

しかも全集シリーズなので、俳句集であるにも関わらずどこの書店にも置いてあってアクセス抜群ですし...。池澤さん、ありがとうございます。

 

というわけで今回はこちらの本を読んで私が学んだ俳句のことについて書こうと思います!

  

  

そもそも俳句って何?

俳句というと、今や海外でも通用する短詩の形式としてあまりにも有名ですね。

 

五・七・五のフォーマットに季語を入れたもの、という理解ではないでしょうか。

 

しかしそこから一歩先に進もうとなると、俳諧やら発句やらといった用語が、俳句と並んで使われていることに疑問を感じたことのある読者も多いと思います。

 

そこで、まずはこれらの言葉の簡単な定義から話を始めることにします。

 

俳句とは?

もっとも一般的に使われる呼び名で、今や海外でも通用するラベリングですね。

 

もしかすると俳諧や発句は俳句のサブジャンルに過ぎないとすら考えられているかもしれません。

 

しかし実は、俳句というのは近代になって発明された概念なんですね。

 

発明者はかの正岡子規です。

 

本書でも小林一茶の章で長谷川櫂氏が批判していますが、子規は明治政府による近代化政策と同じ時期に、過去の連句 = 俳諧の伝統を否定し、写実による創作を主張しました。これが現代まで続く俳句の始まりです。

 

連句 = 俳諧の伝統と言っても、まだ何のことかわかりませんね。

 

そこで俳句については置いておいて、次のトピックに行ってみましょう。

 

 

俳諧とか発句って?

翻って、現代人にも膾炙している芭蕉らの名句群ですが、これらはもともと俳句と呼ばれていませんでした

 

では何といったか。発句(ほっく)です。

 

芭蕉のことを俳諧師と呼ぶことがありますね。俳諧とは、単に俳句を詠むことをいうにあらず、連句形式の応答に滑稽味を交えながら複数人で興じる遊びのことを言いました。

 

俳諧の諧を諧謔(かいぎゃく = ユーモア)と書くとおり、この遊びはいかに風情を脱臼し、おかしみを与えるかが競われるものでした。

 

この連句 = 俳諧のうちの第一句、すなわち発句を、独立した芸術の域まで高めたとされるのが芭蕉の功績であります。

 

なお、芭蕉一門がメジャーにした連句の形式としてあるのが、36句を1セットとする歌仙と呼ばれる形式です。この形式を現代に実践したものが、後出のとくとく歌仙になります。

 

ここまでのまとめ

  • 俳句は近代の概念
  • 正岡子規以前の作品は俳句ではなく発句と呼ばれる
  • 発句とは連句 = 俳諧第一句
  • 芭蕉一門は歌仙を採用した

 

今回の記事では発句(俳句ではなく!)を読み始めるための事前学習として、近代以前の作品の形式についてまとめました。

 

次回記事ではいよいよ全集の内容に踏み込んでみようと思います!

 

それでは!