綿谷りさ+堀江敏幸対談 質疑応答のまとめ

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前回の記事で対談本編のレポートをしましたが、綿谷さんへの質疑応答の様子もこちらに記録しておきます。

 

  

綿谷さんへの質疑

比喩表現というのは自然に出てくるものか

綿谷さんの独特な比喩センスに関する質問。深く考えて比喩を当てているのか、それとも天性の感覚で当てているのか、気になるところですね。

 

綿谷さんいわく、基本的に自然に出てきているとのことです。ただしこれは留保つきの回答で、感覚で書いてしまうと表現が一辺倒になるので、それを避けようと努めているのだそうです。

 

 

ここで問題にされていたのは比喩センスの話ではなく編集センスの話だったかもしれません。比喩というのは、言ってしまえば思いつきで書き並べてしまえる性質のものですよね。アウトプットなら誰でもできますし、また我々はときに幼い児童の言語センスに粋を感じたりするわけです。

 

ただ綿谷さんは、それを出しっぱなしにしない。書き放題に書かない。自然に書いてはいるものの、それをみずから編集している

 

編集としてしまうと分かりにくいかもしれない。しかしその感覚は、文章を書くときには誰でも持つものです。すなわちもっとも簡単な例でいくと、同じ単語をやたらめったら使わないとか。これをやってしまうと文章のスケールが小さくなりますし、書き手の知的レベルも低く見られがちです。そう見られたくないから、我々はみずから編集する。より強い言葉で言えば、自主規制する。綿谷さんの場合、直喩を連発してしまう癖を自主規制することで、作品の質を保とうとしているということかと。

 

というわけで、結局のところそのあたりのさじ加減こそが、長年にわたって執筆してきた綿谷さんの訓練の賜物、本能的なセンスの部分なんでしょうね。

 

堀江さんからのコメント

比喩表現は本能的に出てくるものだが、その本能はその書き手の読書経験に裏打ちされているとのお話でした。

 

例えば、と最近刊『手のひらの京』より冒頭の一文を引きながら堀江さんは語ります。

 

京都の空はどうも柔らかい。

 

ここで第一文にどうもと書き、その一語がのちの展開、結末にとって本質的な違いを生んでいるということに堀江さんは驚きを示します。それは小説の展開を理知的に操作しているのではなく、ただ「ここにどうもと書いておいた方が良さそうだ」という小説家としての本能があるといいます。

 

この堀江さんの批評は目から鱗というか、小説のどの部分を指しているのか直ちに想起することはできませんでしたが、一流の小説家がそのように言うからには何かの魔力が確かにあるのだという説得力はありました。『手のひらの京』、再読必至です。

 

作風の変化に影響を与えているものは何か

こちらは早稲田大学の学生からの質問でした。というか、実にこれから3名ほど早大生が質疑をするのですが、皆さん綿谷さんの昔からのファンで、綿谷さんを通して早稲田大学を知ったなんていう素敵な読書体験をお持ちの学生さんたちでした。

 

ローティーンの頃に読んだ作家が目の前にいる気分って...それだけで一つのストーリーになるくらい甘美で素敵なことですよ。素晴らしいです。

 

で、そんな古参のファンだからこその指摘、作風の変化について、綿谷さんはそれを年をとっていくことによる変化と答えていました(本人は加齢とも言っていましたが...笑)。

 

若くしてデビューした稀有なキャリアをお持ちの綿谷さん、ある意味では特異な経歴を持って文壇で生き延びているわけですが、これからも執筆時の年齢とその時期の気分に応じた気取らない作品を書いていきたいとのことです。

 

結婚による生活や心境の変化について

私はなんとなくしか知らなかったのですが、綿谷さんは2014年にご結婚されているんですね。そして結婚後の作品が中編「ウォーク・イン・クローゼット」と近刊『手のひらの京』ということです。

 

しかし長年のファンにとってみれば、結婚は大ニュースであったことでしょうし、ご結婚後に発表された作品にはその影響を読み取らずにはいられなかったかもしれません。

 

綿谷さんいわく、自分のことだけできていた結婚前の生活に比べると、子供や家族のための時間があるというだけで、ずいぶん大きな変化だとのこと。

 

自分のキャリアを持つ人にとっては男女関係なくのしかかる仕事と生活という問題ですが、まして仕事の量も質も自分でコントロールしなければならない作家という立場にしてみれば、かなり難しいところではないでしょうか。

 

しかし綿谷さんはこれをあくまで自然なことと捉えているようで、むしろその事に誇りを持っているかのような佇まいでした。これからも新しいライフステージに根ざした新しい小説を書いてくださるといいですね。

 

金原ひとみさんをどう思うか

言わずと知れた芥川賞同時受賞者の二人。綿谷さんは蹴りたい背中で、金原さんは蛇にピアスで、2004年の第130回芥川賞を受賞しています。

 

私は当時まだ幼く、文壇に興味などまるでありませんでしたが、それでもこの二人とそれぞれの作品については、タイトルなら誰でも知っているくらいの大評判になったことを覚えています。若い作家の受賞ということで、『火花』ブームに近いセンセーションがあったのでしょう。

 

そんな二人をライバル関係の見る向きもあったのか? この質問に対しては会場から少し笑いが漏れていました。

 

しかし反目関係にあるなんていうことはもちろんなく、むしろ綿谷さんは受賞前日に『蛇にピアス』を読んで大感動し、翌日の授賞式で大いに意気投合して以来、大の仲良しということです。

 

他の作家からの影響はどう取り込んでいるか

こちらは早稲田大学の学部一年生からの質問。

 

ご自分でも創作されているようですが、執筆時に読んでいる作家の文体が移ってしまって、なかなか自分の文章と呼べるものを書けないという悩みを持っているそうです。

 

少しでも小説風の文章を書いてみようとしたことのある人なら誰でもわかってしまうのではないでしょうか。私の昔使っていた手帳にも大江健三郎調の文章の断片とか中村文則風のスケッチが未だに残っていて、時折読み返しては未熟をかこっています(笑)。

 

学部一年生にしてこんな切実な悩みを持つことができること自体、将来有望であるように感じたのは私ですが、綿谷さん自身も全く同じ悩みを持っていたようで、読む作家の文体が映るのは自然なことであるということです。

 

ただし、かといって模倣することに対して無批判に開き直ればいいわけではもちろんなく、その影響にどの程度の切実さがあったかが重要になるとは堀江さんからのコメントです。

 

影響というのは読んだ直後にひょいと出てくるものではなく、身体の底に蓄積されたものが長年を経てゆっくり出てくることもあるということです。受けた影響を自分の血肉にして表現しきるには時間がかかります

 

その点、模倣や吸収の度合いを直接的に表現することができるのは若い作家の特権であると言えます。またそのような作品を書くことは、若く切実な悩みを記録しておくことにもつながります。人は実に忘れていく動物ですが、思春期や青年期の悩みには侮ることのできない切実・悲壮感がありますから、それを表現するのは何より自分にとって素晴らしい財産となるでしょう。

 

海外文学はどういうものに触れてきたか

仏文学者の堀江さんに対して、綿谷さんは太宰や谷崎の話がよく出たように、どちらかというと日本文学をバックボーンに持つといったイメージですね。しかしそれだけに、どんな海外文学を読んできたのから気になるところ。

 

綿谷さんがまず挙げたのは、ルナール『にんじん』でした。

 

小学生の頃に児童版を読んだらしいのですが、これがどうも子供向けの検閲が入っていたようで、のちにオリジナルを読んだ時の衝撃は大きかったそうです。

 

などと書きおこしましたが、何より私が『にんじん』を未読なのであまり深入りはできません。申し訳ないです。その代わりではないですが、『にんじん』を読んだあかつきにはレビューを投稿しようと思います。

 

また綿谷さんは他にも、ルイス・キャロルやカニグスバーグなどの児童文学を愛読してきたそうです。

 

堀江さんへの質疑

基本的には早稲田大学OGの綿谷さんを囲む会でしたが、一件だけ堀江さんにも質問があったので紹介させていただきます。

 

日本と海外で古本の匂いは違うか

講演本編でも少し触れられた、図書の匂いについての質問。

 

綿谷さんは図書館本を油っぽいにおいと表現していましたが、外国文学者の堀江さんは海外の古書にどんな匂いを感じたのでしょうか。

 

まず書籍の匂いに関しては、国や地域によってインクの種類が違うため、匂いは大きく異なるということです。

 

ここで一つくらいロマンチックなエピソードを期待していましたが、現実はそう甘くもないらしく、戦争前後、特に戦前の古書になるとインクの質が悪く、目鼻に刺さるような刺激臭があるそうです。

 

補足情報として、ロシアの古書はさらに質が悪いとか。

 

 

まとめ

せっかくのメモをDropboxに寝かせておくのも富の損失であるように思われたので、前回記事から二本立てで綿矢りさ+堀江敏幸対談をレポートさせていただきました。

 

「私と図書館」というテーマを掲げるに及ばず、読書体験というものをそのまま肯定してくれるタイプのお二人に優しい語り口でお話しいただき、ますます読むことへの熱意が高まりました。

 

本ブログは今回の記事を作成するために急遽立ち上げたというところですが、これからも更新していこうと計画しているので、今後ともご覧いただけると嬉しいです。

 

それでは。