綿矢りさ+堀江敏幸対談「私と図書館」@早稲田大学

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早稲田大学に縁の深い二人の芥川賞作家、綿矢りささんと堀江敏幸さんの対談を聞きに行ってきましたので記録しておきます!

 

「私と図書館」がテーマということで、会場は早稲田大学中央図書館の地階、井深大記念ホールです。今回の講演会はこの早稲田大学中央図書館の開館25週年イベントということらしいです。

 

ざっと500人くらいは入りそうなホールでしたが、平日午後にもかかわらずかなりの盛況でした!

 

私も開演10分ほど前に着席しましたが、別室での中継視聴に案内される方も多かったみたいです...。

 

対談本編

二人の対談ということで楽しみにしていたのですが、卒業生である綿谷さんに対して堀江さんは早大内部の人間ということで、実は企画にも一枚噛んでいるらしく、堀江さんが進行役となって綿谷さんにインタビューする形式で会は進行しました。

 

 

図書館の思い出

同じ大学の出身とは言っても、二人の間には約20年の隔たりがあるわけで、綿谷さんが語る現在の中央図書館の思い出は、旧図書館で学生時代を過ごした堀江さんにとってはイマイチピンとこない...なんていう話題から対談はスタート。

 

綿谷さんが中央図書館前の大階段に映画『風と共に去りぬ』の階段のイメージを重ねて語れば、堀江さんは旧図書館で吉増剛造らのシンポジウムを告知するのぼりの写真を出して語り、進行役と言いつつも温もりある思い出を語ってくれました。

 

全集を読むことについて

高校時代までの綿谷さんにとっても図書館は特別な場所だったというお話で、堀江さんの方から全集を読める場所としての図書というトピックが出ました。

 

綿谷さん自身も図書館の利用方法としては、好きな作家、特に太宰治を全集で読み、とりわけ気に入った作品を書店で購入していたという、それだけでもう情趣溢れるエピソードを紹介してくれました。

 

全集というのはなかなか個人で買うのは難しいというのもありますけど、図書館に錚々たる大作家の全集が綺麗に整列しているのを見ると、知識の集約拠点としての図書というのを感じて嬉しくなりますね。そこに行けばすべてを読めるという幸せを感じます。

 

私に取っての全集の読み方としては、好きな作家の小ぶりなエッセイやインタビューをつまみ読むことが多いのですが、今回の綿谷さんのお話はもとより、村上春樹の『海辺のカフカ』でカフカ少年が図書館で漱石を順番に読むエピソードなどは、読書人としてほとんど憧れのような感慨を覚えます。

 

私はこのところ池澤夏樹編の文学全集を読んでいますが、これはアンソロジーとしての全集なので今回話題になった作家のコンプリート・コレクションとしての全集はまた違う話になってしまいますね。ある作家の生涯の仕事を読み尽くす...そんな贅沢な読書は学生の特権とか言い出しかねませんが、年齢にかかわらず、全集で作家を読むという読書経験は何にも代えがたいものだと感じますね! それに大人の方がリテラシーも読書経験も深まっていますし!

 

堀江さんも総括して次のように言っていました。(筆者のメモによる)

全集を読み、ひとりの作家の通時的ランドスケープを得ることで、作家の呼吸の変化を感知できるようになる。

 

これは実にそうですね。ランダムに読む読書というのもいいものですが、ある作家を理解しようとするときには年譜前後の作品との関係を意識しながら読むに越したことはありません。そこに作家の問題意識や反省が読み取れるわけですから。

 

綿谷さんの小説と図書

堀江さんから、綿谷さんの青春小説には図書館があまり描かれないという指摘がありました。『大地のゲーム』を話題にしながら、「僕だったら真っ先に図書館に逃げる」と堀江さんからのコメント。

 

確かに、綿谷作品における教室や子供部屋のイメージは強く印象に残っていますが、図書館はそうでもないなあ、と鋭い指摘に感心してしまいました。

 

まあこれは綿谷さんに言わせれば、忘れていたということに尽きるようで、というのも、早大中央図書館というのはキャンパスの外にあるから...? とこの辺は学外者なのでピンときませんでしたが、おそらく図書館とキャンパスの間に一車線の道路が通っていることを言っているのかなあと。

 

そんな綿谷さんの小説に図書館が現れるのは、最近作の『手のひらの京』です。京都の三姉妹を群像劇風に描いたこの作品で、長姉綾香に図書館員という設定が与えられています。

 

出身地・京都の図書館に愛着を持っていたのがそのままイメージ元になったそうで、身近だっただけに想像しやすい職業の一つだったことのほかに、内向的な性格を与えるという意味付けもあったそうです。図書館利用者は奥手でおとなしいけど内面に屈託を抱えている...なんてイメージですね。確かにそうかも(笑)。

 

『手のひらの京』については、新潮2016年1月号に掲載された際にTwitterで話題になっていました。綿谷さんの最高傑作とまで絶賛する方もおり、私も当時読みましたが、今日の講演を聞いた上でまた読み直したいですね〜。京都という土地・風土・人間関係を丁寧に描いて見せた名作だと思います。姉妹ひとりひとりのエピソード形式なのですが、このまま千枚でも二千枚でも読んでいたいと思ってしまうような魅惑的な作品でした。

 

大学の思い出と谷崎

前出、『手のひらの京』が谷崎潤一郎細雪』を彷彿とさせるという話題から、大学時代のゼミナールの思い出の話に移りました。

 

学生時代の恩師である日本近代文学千葉俊二教授の谷崎論を受講していたというお話でした。なんでも谷崎のフェティシズムをゴリゴリと語る濃厚な講義を一限に受けていたというから会場からも笑いが出ていました。朝から谷崎はヘビーですね(笑)。

 

『手のひらの京』は『細雪』のオマージュでしたが、堀江さんの指摘によると過去作『ひらいて』にも谷崎『春琴抄』の男女を裏返すイメージが書かれているということでした。谷崎--綿谷の関係が以前にもあったとは驚きです。綿谷さんにとっての『春琴抄』は山口百恵の映画版の印象が強いというお話も興味深かった。なんでも角膜を突く効果音がリアルで怖いとか。

 

なお堀江さんが所属している文化構想学部文学学術院では、『春琴抄』のナラティブ分析をしつこいくらいにネチネチやっているせいで小説が遅々として進まないそうです。

 

また綿谷さんと千葉教授の師弟対談が中央公論10月号に掲載されていたということで、こちらも数日中にはチェックしておきたい。

 

総括

早稲田大学の後輩からの質疑応答(ローティーンから綿谷さんとその作品に夢中になってきたという学部生が多く、それだけでもう感動的でした)の後、最後に会を締めくくる言葉として、お二人からの挨拶がありました。

 

今すぐにでも図書館に行きたくなる気持ちになる対談でした。(綿谷)

(質疑を終えて)綿谷さんに尋ねたいことがもっとあるという方は、綿谷さんの本が教えてくれるはずです。(堀江)

 

お二人の作品の読者として、また「私と図書館」という温もりあるテーマ設定からも、今回の講演は非常に楽しみにしておりましたが、終わってみればまったく期待通りかそれ以上の集いでした。

 

週末の読書に今からワクワクしています。

 

 

追記(2016/10/22)

質疑応答の様子もレポートにまとめましたのでご覧ください。